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忍の行田の「昔ばなし」

語り部

忍の行田の「昔ばなし」語り部の会出演者全員

語り部の会、7周年記念発表会が平成30年10月21日13時30分、行田市商工センター大ホールにて開演、観客席は満席で、行田ケーブルテレビも放映の為見えていました。11月19日19時より放映が決定。開会の言葉、語り部副会長、福島様から行田の町は文化遺産が多くの地域で残っていて次の世代に伝え残すこと、今は20人近くの語り部が育っているので毎年「語り部の会」が出来ることで行田の良い所を調べ知って頂くとことは素晴らしいと挨拶。来賓は副市長、川島様、公益財団法人忍郷友会会長松平様、行田市環境経済部長小巻様、3名の方々にも一言挨拶を頂きました。NPO法人東北アジア会理事長平井様、行田市民大学理事長今村様も来賓として出席して頂きました。

いよいよ開演です。

野原恵美子様  二の丸稲荷                                                              成田家十六代当主、成田長泰に妻子を殺され恨みを晴すべく牡狐は夜な夜な出て苦しめ、ある夜、弓の名人と、力持ちの侍と戦い・・・・・・長泰は無益な殺生は。 二の丸御殿の建物の規模は間口48間半、奥行き28間、総坪数6百8坪、畳の枚数7百55枚、部屋数72室、廊下8ヵ所、厠11ヵ所、土間8ヵ所、湯殿2ヵ所。御殿の周囲はL字状に長屋構造。

大沢勝次様    お城の大蛇                                                          「諏訪大明神」の主、6mを越える白蛇で、石田三成による、忍城水攻めの時主様(白蛇)が幾多の蛇を従へ堤に押し寄せ堤を破壊し・・・・・・・

安岡三智子様   沖の天神                                                           皿尾から星宮小学校へ行く道は「長大道」と言われ「長大道」に沿って池守に通じる「行田道」があり、その先に天神社があった。天神社は広い田圃の中の小島で「沖の天神」と呼ばれ、夜遅く一人で通ると坊主に・・・・・・・

土屋真理子様   菅谷の森と白い狐                                                      菅谷の八幡様の脇道は多くの人が狐に化かされたと、ある日足袋屋の番頭が秩父に大八車を引いて行き、帰りは遅くなり、川の中で・・・・・・・

鈴木幸江様    唐糸たもと石                                                        若小玉の地に、六郎と呼ばれた力持ちの怪童が住んでおった。十八歳の時に熊谷市久下から行田の若小玉まで大きな石を担ぎ運んだんだと。江戸では東西大相撲大会があり西方が数年優勝、東方は名誉にかけても勝ちたいと六郎に声がかかつたと・・・・・・・

関口 進様    春日さまの鹿                                                        春日神社は忍城主、成田親泰が氏神として大和国春日神社から勧請した神社。春日神社には縁の深い鹿に関する伝説を持つ、百姓が秋の実りを願い、あやまつて鹿を・・・・・・・

相原香保留様   おとか様                                                          昔、吹上の「袋」と言う土地に「谷」と呼ばれる場所があった。そこは狐の棲かで、百姓のお嫁さんが通りかかった時に、母狐が生まれたばかりの子狐に乳を与えていたと、家に帰った嫁さんは朝飯の残りに味噌汁をかけ母狐の前に供えたと、この年の稲作は不作の田圃が多い中嫁さんの田圃だけは豊作か・・・・・・・

新井まさ子様   諏訪明神の川えび                                                      忍城は沼城で多くの曲輪に囲まれ、その一つの諏訪曲輪の木を盗んでいく泥棒が横行、泥棒に不心得論とした、市川戸長には「諏訪明神様」が老人に姿を変え川海老をザルに入れ・・・・・・・

平井ユリ枝様   常鹿院都留姫様                                                       忍城主成田顕泰の一の姫「都留姫」に一目惚れした弥之助は身分の違いから、父母に殺害され、姫が後で知ることに、不憫に思い仏門の入り常鹿院を建立・・・・

奥山紘子様    荒木城と長善沼の龍                                                     豊臣秀吉の小田原攻めにより、荒木越前は成田氏長らと北条方の援軍に赴き戦死、豊臣軍が荒木城へ迫り奥方は大釣鐘に身をくくり長善沼の底深く沈み、・・・・松の木の下に弁才天と彫った石碑が残る・・・・・・・

菅谷光子様    小谷の善六                                                         吹上の小谷村に知恵遅れで貧乏な善六という男がいたと、正直者の善六は母が教えてくれた団子を作り「善六の団子ひと~つ一文」売り歩いたと、人を喜ばせる事を心がけて働いておったんじゃと・・・・・・・・

富田祐子様    おくりおとか                                                        埼玉に「留めさん」と言う建具屋がおった、行田町へ仕事で遅くなり暗い夜道を帰る途中、二子山の手前の田圃で後ろから何かが付いてくる気配・・・・・・・

滝沢布沙様    縁切橋と涙橋                                                        忍城主成田氏長が太田金山城主横瀬成繁の娘である妻と離縁になり別れの時氏長がこの曲輪まで見送り、この橋を隔てて妻と別れたことから「縁切橋」   「縁切橋」から甲斐姫を抱いてやむなく離縁した妻を見送った祭、妻はここにあった橋を渡る時に振り返り、視線の先に幼い娘をみとめ涙を流したこの橋「涙橋」と呼ばれるようになった。男女の縁を結ぶ者は、この二つの橋を渡るのを避ける慣わしがあったんだと・・・・・・・

佐藤泰司様    生入定                                                           吹上、北新宿に長谷川藤兵衛と言う人がおった。雪の降る寒い夜、一人の行者が鉢を両手で持ち倒れいたと。自分は持病持ちで命は長くないと、人々の健康を願い「入定仏」に成たいと・・・・・・・

上田久子様    笄堀                                                            石田三成総大将による忍城水攻め、成田氏長の軍勢二百五十騎、小田原表敬衛の為北条方へ、城方も頑張るも多勢に無勢、奥方は城を守る為婦女子を集め一夜にして堀を完成・・・・・・・

大島幸子様    利根川の大蛇                                                        須加村に一人の心の優しい若者がおったんじゃ、心の綺麗な独り身にしておくのは可哀想と思い一緒に暮らしたいと美しい人は言ったんじゃと、美しい人は「利根川に住む龍神の娘」若者の運命は・・・・・・・・

小堺百合子様   古代蓮物語                                                         行田蓮(古代蓮)は天然記念物に指定、原始的な形態を持ち1400年から3000年前の蓮と言われている。物語は大和朝廷の親衛隊長を代々継いだヲワケ、妹(紅津子)と都に上りワタケルに出会い、恋に落ち、楽しい日々を過ごし別れの祭に一株の蓮を贈られ池や沼一帯に咲くも紅津子の身体は窶れる一方、恋いに破れた紅津子は・・・・・・・

こくぼ

酔いどれうなぎを熱演する小久保亮子様

小久保亮子様    酔いどれうなぎ                                                      平左衛門は江戸見学を終え、忍城下へ水も旨いが米も旨い、いいお酒が出来ると早速新酒を造り、お世話になつた百姓達に新酒を振る舞う、平左衛門がうとうとしていると、うな玉姫が夢に出て酒をうなぎ達が飲み干したんだと、うなぎの運命は・・・・・・・

閉会の言葉平井ユリ枝様、此れからも忍の昔話を継続出来るよう精進、努力し、皆様のご支援、ご指導 を賜りたくお願い致します。

自分も残つている大切な者は、次の世代に受け継いで行くべき事と思います。

 

 

 

 

 

 

 

2018年11月3日 土曜日 at 5:51 pm| Posted by gyoda-uchida