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1学年(11期生)第4回カリキュラム 第1回視察ツアー「のぼうの城」関係史跡

6月13日(木)に1学年(11期生)の第4回カリキュラム 第1回視察ツアー 郷土の歴史ツアーとして「のぼうの城」(成田氏)関係史跡めぐりが開催されました。案内は、行田市文化財保護課の中島洋一課長です。
今年から集合場所が「みらい」に変更され9:00に出発して、最初に行ったのは、熊谷の龍淵寺です。龍淵寺は、忍城の城主の成田家時が1411年建立した成田家の菩提寺です。のぼうの城の原典などの文化財のある成田氏ゆかりの寺です。

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龍淵寺では、先代の住職より資料をいただき丁寧な説明がありました

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龍泉寺の墓を前に説明する中島課長

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龍淵寺で記念写真を撮りました。

続いて向かったのは雷電神社です。雷電神社は、熊谷市上之にある成田氏が庇護していた神社です。雷電神社では、宮司の方に、雷電神社(上之村神社)について、様式や装飾について丁寧に説明して頂きました。本殿は、一間社龍造で屋根は銅板葺で、屋根をかえるまたでさえている構造に特徴があり、かつては極彩色であったということです。

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宮司さんより丁寧な説明がありました。

続いて、行田市内の東照宮に行きました。東照宮では、神社の概要の説明の後、忍城主の住んでいた二の丸にあった稲荷神社と、忍城の鳥観図から忍城や城下町について中島課長から説明がありました。

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東照宮入り口で説明される中島課長

この後、郷土資料館に行って、各自持参した食事を取ってから、資料館の中を自由に見学しました。

その後、再度バスに乗って市内下町の小沼橋そばにある公園に行って、長野門の場所と船着き場があった場所を見学しました。船着き場は江戸時代ここが忍川の川岸として栄えたようとのことです。

 また、石島雉子朗 (いしじまきじろう) の歌碑「此巨犬 幾人雪に 救ひけむ」について説明がありました。

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そして、近くにある馬車鉄道の碑を見て、さらに江戸時代の屋敷の配置(馬が中に入るための細い道が家と家の間にある)を見学しました。

続いてバスは、清善寺へ。清善寺は、忍城主の弟成田顕忠が仏道に帰依し、建物を造り、成田家の菩提寺の龍淵寺より宋佐和尚を迎えて開山した寺とのことです。また、昭和6年に失業者対策の事業として、大沢龍次郎氏が新兵地蔵を清善寺に作った。新兵地蔵は昭和7年の新聞社による関東霊場人気投票で2位になって、当時、清善寺には観光客が押し寄せたとのことです。

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新兵地蔵の後は、近くにある高源寺についてバスの中から見学し高源寺について説明を受けました。

その後、埼玉古墳群の駐車場近くにある忍城主松平家の菩提寺である天祥寺にて松平家の墓を見学し、丸墓山に行きました。丸墓山は石田三成が忍城を水攻めにするとき本陣を敷いたのが丸墓山の頂上ということで有名です。丸墓山へ通じる道は、忍城を水攻めにした時に築いた石田堤の一部といわれております。丸墓山は出土した埴輪から6世紀前半に作られたものと推定されています。

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歴代の忍城主 松平家の前で説明を受けました。

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丸墓山にて、集合写真を撮りました。

続いて、石田堤へ向かった。石田堤は、行田側の領域と鴻巣側の公園領域からなります。行田市と鴻巣市の間に、忍城攻めのときに関が切れたといわれる場所にある土木遺産となっている堀切橋に寄り説明を受けました。

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行田市側の石田堤の説明を受けています。堀切橋は行田市と鴻巣市の境付近にありました。

鴻巣側の公園では石田堤の切断面が展示されており、どのように堤が作られたかが分かるような展示がされておりました。

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以上で、視察ツアーを修了しましたが、中島課長による分かりやすい説明には感謝するばかりです。

今回は、梅雨の合間の夏日で、日差しが強い日でしたが、皆さん元気で時間通り16時半に出発地「みらい」についてに無事終了いたしました。大変ご苦労様でした。

記 広報 原口

2019年6月14日 金曜日 at 3:04 pm| Posted by sangyo-haraguchi